大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和31年(ネ)2709号 判決

控訴人 若林寛次 外二名

被控訴人 井上光也

主文

本件控訴はいずれもこれを却下する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本案前の裁判として控訴却下の判決を求め、仮りに控訴却下でなければ本案の裁判として、原判決を次のとおり変更する、控訴人らは被控訴人に対し、東京都板橋区志村清水町二四六番地家屋番号同町一七八一番木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪八坪三合六勺二階三坪(但し二階実測五坪)を明渡すべし、控訴人若林寛次は被控訴人に対して金三万円及び昭和三十一年十二月二十六日から右家屋明渡ずみまで一カ月金四千六百五十円の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人は本案前の主張として、本件については第一審の判決言渡後昭和三十一年十二月十五日控訴人らの第一審の権限ある訴訟代理人弁護士谷村直雄と被控訴代理人大園時喜との間に和解が成立し、控訴人らは控訴権を放棄することとし、その旨控訴権放棄の申述書を作成し、右書面は同月十八日第一審の東京地方裁判所に提出され受理された、本件控訴はその後に提起されたものであるから不適法であると述べ、仮りに本件控訴が適法であるとすれば、本案について右昭和三十一年十二月十五日に成立した和解契約にもとずきその履行を求める、すなわち右和解において(一)控訴人らは昭和三十一年十二月二十五日かぎり本件家屋を被控訴人に対して明渡すこと(二)昭和三十一年十二月二十五日までの相当賃料同額の不当利得金は金三万円に減額し控訴人寛次は被控訴人に対し同日までに右金額を支払うことと定められたものであるから、これにもとずき右家屋の明渡及び金三万円並びに右明渡を遅延することにより控訴人寛次に生ずる一カ月金四千六百五十円の相当賃料と同額の不当利得金の支払を求めると述べた。

その余の本案に関する事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否は被控訴代理人において当審における証人谷村直雄、同福岡敏夫の各証言、控訴人若林寛次、同鈴木勘造各本人尋問の結果を援用した外、原判決事実らんの記載と同一であるからここにこれを引用する。

理由

まず控訴人らの本件控訴の適否について判断する。

当審における証人谷村直雄の証言、控訴人若林寛次本人尋問の結果及び記録中の控訴権放棄の申述書と題する書面及びこれに添附の示談契約書と題する書面の記載にあわせれば、本件第一審の判決言渡後第一審の原告代理人大園時喜と被告ら代理人谷村直雄との間に和解が成立し、被告らは本件について控訴権を放棄する旨を約したことが明らかであり、これにもとずいて第一審の裁判所に右原、被告双方代理人連署の控訴権放棄の申述書と題する書面が提出されたことは記録上明らかである。ところで控訴人らの第一審における訴訟代理人谷村弁護士に控訴人らを代理して相手方と裁判外の和解をする権限があつたかどうかについては、当審控訴人若林寛次はその旨谷村弁護士に委任した旨供述するが、控訴人鈴木勘造本人はさような委任をしたことはない旨供述し、必ずしも明らかでないが、右和解の権限の有無とはかかわりなく、谷村弁護士には控訴人らを適法に代理して控訴権の放棄をし得る権限はあつたものと認むべきである。すなわち控訴権の放棄は一の訴訟行為であり訴訟代理人によつてなされ得ることはもちろんであるが、ただそれについては訴訟事件を受任した訴訟代理人において特別の授権を得ることを要するかどうかについては訴訟法上明文はなく、民事訴訟法第八十一条第二項が特別の授権を要するとしたものの中には控訴権の放棄という事項は掲げられていない。しかしその事柄の訴訟当事者本人に及ぼす利害関係の重大さは同条項における訴の取下、請求の放棄、控訴上告又はその取下等にも比すべきものであるから、これらに準じて控訴権の放棄についてはその旨特別の授権を要するものと解すべきであろう。しかし本来右訴の取下、請求の放棄、控訴上告又はその取下等について特別の授権がある場合には、その外にとくに控訴権の放棄そのものを目的とした特別の授権を必要とすることなく、前者の授権の中に当然控訴権放棄の権限も包含せられるものと解して差し支えないであろう。今原審記録中の控訴人らから谷村弁護士に対する委任状を見るに、その委任事項の中には「請求ノ放棄認諾」「反訴、控訴上告又ハ其ノ取下及ヒ訴ノ取下」とあり、これらの事項については特別の委任があることが明らかであるから、結局右谷村弁護士には控訴人らのため控訴放棄の権限があるものというべきである。

次に控訴権の放棄は控訴提起前にあつては第一審裁判所、控訴提起後にあつては控訴裁判所に対する申述によつてすべく、控訴提起後の控訴権の放棄は控訴の取下と共にしなければならない(民事訴訟法第三六五条)から、右谷村弁護士が第一審裁判所に対してした控訴権放棄の適否は、それが本件控訴の提起すなわち控訴状の提出の日時に対して先後そのいずれであるかにかかつている。記録中の各書面の受付印によれば右控訴権放棄の申述書が原審に受付けられた日時は昭和三十一年十二月十八日であり、本件控訴状が当審に受付けられたのも同日であり、この点から両者の先後を直ちに判断することはできないが、当審証人福岡敏夫の証書によれば前記控訴権放棄の申述書は原告代理人の大園弁護士の手に託され、同弁護士の事務員が右十二月十八日の午前十時前後ごろ第一審の担当部の書記課に直接提出したものと認められるに反し、本件控訴状が当裁判所に提出されたのは当庁民事事件係裁判所書記官補村井勇水の調査報告によれば同日の受付番号の関係から同日の午後と推定されることが明らかである。この点に関する当審における控訴人鈴木勘造の供述は前後に矛盾があり、控訴人若林寛次の供述とも一致せず、当裁判所の心証を惹くに十分でない。その他に前認定を左右するに足りる証拠はない。してみると結局右控訴権放棄の申述書は本件控訴提起の直前に提出されたものと認めるべきであり、その控訴権放棄は適法かつ有効といわなければならない。

しからば本件各控訴は右有効に控訴権の放棄がなされた後のものであるから、いずれも不適法であり、かつその欠缺は補正し得ないこと明らかであるから、民事訴訟法第三百八十三条にのつとり、いずれもこれを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 谷口茂栄 浅沼武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例